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御幸橋西詰めの惨状(アップ)

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識別コード YMATSUSHIGE0002
タイトル 御幸橋西詰めの惨状(アップ)
撮影者 松重美人
撮影日時 1945年8月6日午前11時すぎ
撮影場所 御幸橋西詰め(千田町3丁目に向かって)
爆心地からの距離 2200メートル
ネガの有無 ネガあり
所有者 中国新聞社
保管・管理者 日本写真保存センター
写真説明 熱傷を負った人たちは近くの広島電鉄から届いた変圧器用の油も塗ってもらった。手前の三角襟セーラー服と左隣は、いずれも広島女子商業2年生(当時13歳)で学徒動員先の広島貯金支局(千田町1丁目)で被爆したが助かった。宇品署員の右2人目の少年は広島市立中学校1年生(同12歳)で小網町(現・中区)の建物疎開作業現場で被爆し、両親と住む段原末広町(現・南区段原)へ向かう途中だったとみられるが遺骨も不明となった
文献掲載・展示実績 日本写真保存センター写真原板データベースで公開、「広島壊滅のときー被爆カメラマン写真集」(1981年)、Life Magazine / Vol.33, No.13  September 29, 1952
注記